2009年11月15日

**続いて〈監督・ばんざい!〉ですが・・・**

なんかですね、先が読めるんですよ?予知能力が授けられたはずもないのですけど、既視感とでも言いますか・・・、あれ、やっぱり観てるコレwww。

観たことさえ、すっかり忘れてしまうようなしょうもない映画っていうのが初見の正直な感想です。しかしながら、〈TAKESHIS'〉を観てしまうと解釈も若干変わってきました。

とりあえず、二つのパートに分けます。岸本加世子・鈴木杏の二人が登場する前のオムニバスパートと、2人が登場した後のナンセンスコメディパート。この二つは木に竹を接いだような不自然さでして、思うに構想からしてベツモンではないかと。

どちらを先に思いついたのか?・撮影始めたのか?そんなことは全然分かりませんが勝手に解釈すれば、後半のナンセンスコメディパートで吹っ切れたからこそオムニバスパートを繋げることが出来たのではないかと感じます。もしやコメディパートだけでは、どうにも尺が足りなかったのかも知れません。伊武さんのナレーションも不自然だし、そもそもナレーション自体が後半にはまったく聞こえてきませんしね。

90分なり120分なりを、一本で通すだけのストーリーが生み出せなかったのかもしれません。そうなると付け足しの前半オムニバスパートは、語るべきことは多くなく(こんなもんだって撮れるんだという国内向けカタログか)、話の中心は後半ナンセンスコメディパートに絞られます。

 映画の一番最後に浮かび上がってくる文字「GLORY TO THE FILMMAKER!」(もちろん英題)を観ても分かる通り、ナンセンスコメディパートはイギリスのキタニストに目配せした〈モンティ・パイソン〉風のコメディになっているようです。すっごい馬鹿馬鹿しい話なので、そのギャグ一つ一つを取り上げる気は毛頭ありませんが、ちょっとだけ例を挙げます。江守徹さん扮するライトウイング(検索対策w)の親玉らしき人物がオネエ言葉だったり黒タイツ履いたりする部分は、江守さんの強面なルックスによるところも大きいですが、触れられない大物・権力者・聖職者を徹底的におちょくる〈モンティ・パイソン〉のスケッチそのものではないでしょうか?〈みんな〜やってるか!〉に比べるとその差は歴然。そもそも、芸人ビートたけし氏は、「権力をおちょくるパロディは、絶対的権力の存在しない今の日本では笑いにならない」と常々公言していた方です。インテリぶらず馬鹿を笑う笑いを突き進めた芸人なのです。そんなヒトですから、〈みんな〜〉においても徹底して市井の馬鹿を転がしつづけました。

そんな訳でってどんな訳か分かりませんが、コメディパートは興行的に頼みの綱の英国に媚びているんですね。で、そんな絵を(順撮りかどうかは分かりませんが)続けているうちに、吹っ切れた、いや開き直ることが出来たのではないでしょうか。三池〈DEAD or ALIVE〉のような大爆発の後浮かび上がる「GLORY TO THE FILMMAKER!」の文字、これは「俺は映画監督だ。好き勝手にやる」という、散々悩んできた映画製作に対する答えに見えます。いや答えというより宣言かなー。

さて、次は開き直った北野武監督の〈アキレスと亀〉を観てみましょうか。

こちらは〈空飛ぶモンティ・パイソン〉の映画。

posted by 森と海 at 19:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | Movie(邦)
この記事へのコメント
基本的に北野作品はかかさず観てたのですが『座頭市』が求めるものと違いすぎてそれ以降はDVDになってもひたすらスルー。ちょっと前に『みんな〜やってるか!』的なものを期待して『監督・ばんざい!』を観てみましたが、かつてほどのインパクトはなかったかなと。『TAKESHI'S』は観てみます!
Posted by Cardhu at 2009年11月16日 13:19
>cardhuサマ
〈座頭市〉ダメでしたか。一太刀一太刀が重くて結構良いなあと思ってました。同時期に撮られたトンでも忍者モノに比べたら、はるかに良いと。
勝さん同様にっていうのは、時代も違いますし、まあ無理かなあーと。
Posted by 森と海 at 2009年11月16日 21:46
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