2006年02月18日

**意外と映画のほうも好きなのだ〈 姑獲鳥の夏 〉**

 あの分厚い原作の薀蓄の意味が分かるか分からないかはさておき、とりあえずは読み干し、 そしてなおかつ面白いと思い込んだ連中が劇場に出向き、自らの作り上げたイメージと違うと不平を漏らす。それが〈 姑獲鳥の夏 〉 という映画に、生まれながらに与えられた試練である。

 要は、実相寺昭雄の一風変わった映像造りの信念が、一般的ではないのかもしれんね。

 

 ボクはといえば、冒頭で述べた通り、以外に結構好きな感じだ。

 一般的には、実相寺昭雄監督が撮ったものを知らない人も多かろう。かくいうボクだって、〈ウルトラ〉シリーズや〈 帝都物語 〉や 〈 Q・ザ・ムービー 〉や〈 ラ・ヴァルス 〉ぐらいしか知らないし。「ちゃぶ台を挟んで向かい合うモロボシ・ダンとメトロン星人」 という伝説が一番有名かな?

UBUME_NO_NATSU-1  しかし、癖とはいえ逆さま魚眼レンズの奥から歩いてくる関口(永瀬正敏) という閉塞感溢れるショットや、カメラを少し傾けて不安定な構図で不安感を煽るショットなど久しぶりに見たような気がする。最近は、 こんなショットをあえて撮る人居ないものなあ。また、拝み屋という題材から、場面転換に『月齢』を表示したりしているが、 そりゃ確かに陰陽道らしさは出てますよ、が、肝心の京極堂(堤真一)は、九字を切ったりしているんで考証がグダグダではないかと・ ・・。晴明ではなくて摩利支天を本尊とした修験道なら話は分かりますが。あと、画角一杯の『仮想現実』は問題外、いらんよそんなワザトらしい。

 肝心なことを言うと、この物語のキーマン(ウーマン?)久遠寺涼子を原田知世が演じているのだが、この久遠寺涼子は”清楚”と” 淫靡”という2つの顔を持ってなきゃならんのです。原田は”清楚”な方は問題なしですが、”淫靡”の方がねえー。ちょっと無理がある。 実相寺さんも『白い脛。赤い血。』は、すっぱり無かった事しちゃってるし。 学生の関口と涼子の出会いが強烈でないと、関口の鬱病も発症しようがないし、関口の記憶の封じ込めも起こらない、然らばこの話は全く成り立たないというのに。原田の起用は監督の好みからなんだろう。高樹澪〈 Q・ザ・ムービー 〉にしろ原田にしろ、何処となく似ているものなあ。好みの女優を起用するのは、古今東西監督って人種なら当たり前だ。しかしキープイメージで出来ない役者に演らせるというのは如何なものかと。・・・ここは思い切って三輪ひとみと役を交代してたらよかったんでないの?三輪って素の顔だとお嬢様だが、口元を緩ませると途端に卑猥になるから (爆)。でも主演女優が三輪ひとみかあ。一部の特異な客層には大受けだろうが、一般の客にはグレードが下がったように感じられてダメだろうな (苦笑)。

 

posted by 森と海 at 21:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | Movie(邦)
この記事へのコメント
確かに平衡感覚を失わせるかのような画は実相寺監督の十八番だもんね。
もっとも淫靡さつうのは確かに知世ちゃん(人妻なんだよなあ(笑))の属性にはそれは無いねえ(^^;

原作も読破したけれどウンチク大王で煙に巻きつつも心理を突くというか人が人であるがゆえに見る幻を文章化したねえという感じ。確かに実相寺先生の好きそうなネタであるなと。
Posted by tonbori at 2006年02月18日 22:45
うん、実相寺さん古代マニアだから。歴史を感じさせないものは撮らないでしょう。
Posted by 森と海 at 2006年02月19日 23:10
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