2006年02月27日

**同じテーマでこうも違うのか!副題 サプライズという麻薬〈 海を飛ぶ夢 〉**

 書きにくい。困った、どうしょう?ここいら辺のテーマは、本来うちで挙げるような映画じゃないことは、ジュウジュウ承知の鉄板焼。

 アレハンドロ・アメナーバルが、〈 オープン・ユア・アイズ 〉や〈 アザーズ 〉で磨き上げたラストのドンデン返し(サプライズ) を封印し、尊厳死というテーマを愚直なまでに日常生活のみで描ききったスペイン映画。あいつらが『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』や『北斗の拳』だった事は、ここでは忘れよう(笑)。

umi wo  海の事故以来、四肢不随となって28年間もの間、ベットで過ごしてきたラモン(ハビエル・ バルデム)は、ある年、尊厳死を決意した。支援団体で活動するジェネ(クララ・セグラ)は、 違法であり自殺幇助となり得る尊厳死を法的に認めさせるべく、弁護士のフリア(ベレン・ルエダ)に協力を仰いだ。 ラモンの元を訪れたフリアは、ラモンの生涯についての話を聞くうちに、互いに惹かれあっていく。 自身も脳血管性障害に冒されているフリアは、自らも死を望み、ラモンに手伝うことを約束する。

 ほんとに大きな事件の起こらないゆっくりとした作品である。ラモンを支える兄家族との何のことはない会話がメインであり、 そこに事を知って会いに来たバツ一女性とのやりとり、そしてフリアとの出会い。そこにサプライズはない。

 この作品と同時期に同じく『尊厳死』を扱った映画があった。その映画はこともあろうにそのテーマをサプライズに持ってきやがった。 イーストウッドの話なんだが、「なにもそこまでコマーシャリズムに徹しなくても」というのが、ボクの率直な感想だった。 コマーシャリズムが決して悪いとは言わないし、それを廃したわがままな映画は嫌いなのだが、それでもなにか釈然としない。このテーマは、 そんな風にしなければ受け入れられないものなのか?とも思ったが、終わってみれば興行としては差は歴然。 イーストウッドの読みは正しかったのであろう。

 が、本来、観るに厳しいはずのこのテーマを、アメナーバルは日常の生活の中でキャラクターを掘り下げていく。 スペインの俳優さんなんて全くと言っていいほど知らないボクが、気がつけば、2時間あまりの時間を忘れるほどだった。

 尊厳死について討論したいとかいう気持ちはもうとうない。この際、立場を明らかにしておくと、尊厳死問題についてはノンポリである。 だって、それを意識したことはないし、また意識させられたことも回りになかったのだから。それを踏まえて言えば、「不自由な体を捨てて、 自由になった魂で飛びたい」というラモンの言葉も頷けるし、それによって残されてしまう家族や友人の悲しみも解る。同時に、 介護される立場として笑顔を絶やさぬというラモンの、兄に対する「もし兄さんが明日死んだら誰が家族の面倒をみるのか」 といった堰を切ったような感情の露出や、それに答える「海を捨てて今まで頑張ってきた」 という恩着せがましい兄の家長的権威の振りかざしをもなんだか解る。結論は出ないよなあ。逝きたいとする側、残される側、 双方の立場違うのだし。この作品においても何の提案もなされない。突き詰めれば、みんなビンボーが悪いんだということも確か。 対して不治の病を恐れるフリアの生活は裕福である。その意味で経済的負荷は彼女の家庭の方にはなさそうであるが、その違いがなにをもたらすのだろうか?

 ラモンは最後に意思を貫く。彼は自由になった魂で飛ぶのだろう。それに対し、脳血管性痴呆を恐れていたフリアは、 体の自由はおろか記憶障害まで患ってしまいラモンのことさえ思い出せなくなってしまっていた。不自由な肉体に閉じ込められた彼女の魂は、 それでもやはり自由になりたかったのだろうか?

 騙されたと思って観るべし。重そうだけど教条主義的五月蝿さはない。観終わってゆっくり自分なりに考えてみるのもいい機会だ。

 

 次回予告、「ついに完結、イヤな予感がする。」こう御期待!

posted by 森と海 at 23:50 | Comment(4) | TrackBack(0) | Movie(他)
この記事へのコメント
 もう一本の「尊厳死」テーマ作品は劇場で観て不覚にも泣かされました、笑。イーストウッド、うまいなぁと思いました。でも『ルーキー』とか『スペースカウボーイ』とか撮ってるイーストウッドの方が好きですが…。
 この年のアカデミー作品賞と外国語映画賞がこの両作品だったことはそういう方面への関心が高かったということでしょうか。
 今度こっちも観てみます。
Posted by cardhu at 2006年02月28日 21:26
ボクも〈 スペースカウボーイ 〉なんかは好きなんですけど、コレはちょっとあざと過ぎな気がしました。

アカデミー賞は、その名のごとくアカデミックじゃなきゃいけないので、そういう選択かと思います。
Posted by 森と海 at 2006年03月01日 23:03
元々の『テンカウント』という短編小説集に収めらてていた原作もほぼ同じ展開なんでこの原作を選んだときから最初からそれを狙っているのは多分その通り。ほんでイーストウッドはそこに「許されざる者」のエッセンスをまぶしたところがそれを加速?したのかも。

うーんやはり一度この作品も観てみないといけないですな。
Posted by tonbori at 2006年03月04日 01:15
>tonboriサマ
そうですってね。原作忠実っていうのはどこかで読んだ。イーストウッドも売れない俳優時代を体験してきているから、売れる売れないって事には敏感なんでああいう風にしか撮れなかったのかも?
Posted by 森と海 at 2006年03月05日 21:59
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