2006年10月23日

**心霊を扱っても・・・〈 降霊 〉**

 所詮、最もコワイのは人の心の闇かと。

 

 最初に言っとくと、DVDの画質はVHSマスターそのもの。つまりは粗い。つーか、暗部の描写は苦しい。心霊を扱う場合において、 暗闇のきめ細かな描写が一番キモだと思うのだが、そこがイマイチピント外れ。確認してないが、きめ細かな画質のソフトがあるなら、国産・ 外産にこだわる必要なし。アメリカ盤の画質はどうなんでしょ?

 えーっと、これは1999年の作。黒沢清のフィルモグラフィーからすると、〈 カリスマ 〉99年と〈 回路 〉00年の間。 〈ドッペルゲンガー 〉02年はこの随分あと。しかしこのあたりは随分テーマがクロスしているなあと。

 効果音技師の克彦(役所広司)とその妻で霊能感応者の純子(風吹ジュン)が、ひょんな事から少女誘拐事件の渦中に巻き込まれ、 純子が霊能感応者として一旗挙げたいという欲がすべてを狂わせてしまう。役者は、役所広司と風吹ジュンということで揃っている。 なにを隠そう〈 カリスマ 〉のコンビ。黒沢監督の欲しい絵を体現できる役者2人。

 確かにジャパニーズ・ホラーの常套句、背景からボーっと迫ってくるありえない人影は、ふんだんに織り込まれている。 Amazon.comあたりでは〈 呪怨 〉などと並列で語られるのも無理なかろう。がしかし、黒沢清がホラーの旗手といくら祭られようが、 一貫して他のホラー作と袂を分かつのは、他作品が恐怖のよりどころに別の世界から来たもののけを配するのに対し、黒沢作品はおしなべて 「ほんとに怖いのは人、その心の闇」としていること。本作についても、誘拐されて死した少女の霊らしき物は写り込むが、 果たしてそれは具現化された事象なのか?ひょっとして、罪悪感からの幻ではなかったのか?うーん分らぬ。

 そんなこと(上の分からぬこと)など、どうでもいいのだ。観客は半ば強引に克彦の純子の共犯者となって、 少女の霊に苦しめばいいのだ。はい、苦しいですよ、共同正犯は。

 いやああ、ほんと重いです。すべてをぶちまけて楽になることを望みますが、監督のそれを望んだようです。あーよかった。 (観てない人のは意味不明。失礼。)

 

posted by 森と海 at 00:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | Movie(邦)
この記事へのコメント
これ確か、草ナギくんもでてなかったっけ?
あとTVバージョンつうかTVの2時間ドラマで先にやったような・・・?そっちはなんか観たような記憶が・・・?
Posted by tonbori at 2006年10月26日 23:23
そうそう元は2時間ドラマ。TVで観たのも全く一緒のはず。
クサナギくん、相変わらず掴み所の無い演技で、この頃から変わらず。
Posted by 森と海 at 2006年10月29日 00:24
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