2007年01月27日

**なぜイーストウッド本人が監督することになったのだろうか?〈 硫黄島からの手紙 〉**

 アカデミー賞にノミネートされて盛り上がってまいりました〈 硫黄島からの手紙 〉。オマケに外国語作品としてではなく、 王道の作品賞として。

 結構前に見たんだけど、いろいろ考えるとこあって今頃挙げることとなりますた。

 

 この映画、最初の触れ込みでは日本人監督を検討しているということだったのだけれど、 結局イーストウッド本人がメガホンを撮ることになった。もれ承るところによれば、イーストウッドは「Kurosawaに監督して欲しかった」 とかなんとか。まあそれはKiyoshiなら可能だけどAkiraという選択は絶対無理。Akiraの線が濃厚なのは誰だってわかるけど、 作品観ると「Akiraでもイーストウッドは満足しなかっただろうなあ」って思っちゃうのでありました。

 コレは全くの想像でしかないけど(したがってソースなどない)、多分、どんな日本人監督が俺に撮らせろって名乗り出ても、 お互いの撮影プランを突き合せるうちに、イーストウッド側からご遠慮くださいと謹んでご遠慮願うということになっていたんじゃないかと。 平たく言えば、イーストウッドのプランをそのまま撮る日本人はいないのではないかと・・・と今頃になってボクの意見は纏ったんだよ。

 これはどういうことか?そのヒントはsumuraiの気になる映画の同映画にまつわるエントリーにあった。 勝手に意訳すれば「知将栗林中将の頑張りが伝わらない」ということだと思う(で、いいですよね、samurai-kyousukeさん?) のだが、ボクも全くそう思ったし消化不良は否めなかった。鑑賞後にようやく目を通した超映画批評によれば、 戦争映画におけるカタルシスを徹底的に排除した映画だという。その括りは至極納得で、 パンシロンでも飲んだかのように胸のつかえが取れたかのようだった。では、何故カタルシスを求めるのか?

 古今東西戦争を取り扱った映画においては、一部のものを除き、鼓舞する要素は欠かせなかった。 アメリカにおいてベトナムモノがなかなか解禁されなかったのは、あの戦争が思い出したくない記憶であり、 胸熱く震えるような物にはなりえないことも皆知っていたのだ。だから、振り返ることに対して時間が懸かった。では日本人にとって大東亜戦争とは? しかも激戦の硫黄島を映画にするということは複雑なものがある。数的に絶対不利な状況で合理的思考で30日あまりの間抵抗しつづけ、 ついに玉砕となった守備隊を描くとなれば、日本人であればその奮闘振りを描かずにいられようか。 史実の上で擂鉢山は陥落したことは紛れもない事実。それでも栗林中将以下守備隊は決着するまでに米軍に多大な損害を与えたことも事実なのだ。 負けると覚悟の上で踏みとどまり、創意工夫を凝らして米軍を足止めしつづけたその過程を見たいじゃないか。負けた国の末裔として、 一矢報いた戦いを見たいじゃないか。

 日本人なら負け戦でもコレだけやったんだって撮りたいと思うのが人情。しかしイーストウッド側は、〈 父親たちの星条旗 〉 と対になる関係上からも、ヒロイックな感情を歓喜させる方法は避けたかったんだろう。そうなると・・・イーストウッドが撮るしかなかった。 大東亜戦争に関しては、彼らは戦勝国の末裔、我らは敗戦国の末裔。底の部分で意識の共通化は難しい。同じく戦争を否定しようとも、 ニュアンスの部分で、感情的部分で同じにはなれない。

 アメリカではアカデミー賞作品賞ノミネート、日本では絶賛されながらも何か釈然としない気分を抱える人もいる(ボクとか)。 この温度差がそうゆうことなんだろう。・・・ちなみに、黒澤明が撮ったとして、あの人は骨の髄まで映画は娯楽とした人だから、 活劇となったはず。イーストウッドが快く思うはずがない。よね?

 

posted by 森と海 at 23:28 | Comment(3) | TrackBack(0) | Movie(米)
この記事へのコメント
私が「硫黄島の戦いを描いた映画」に"求めるもの"と、イーストウッド監督が"排除しようと思ったもの"か同じだという事が解りました。(笑)
記事内リンクありがとうございました。
Posted by samurai-kyousuke at 2007年01月29日 22:58
『ア、いたぁ。ズバリその通り』と中谷一郎あたりがいいそうな感じだけどもだからこそイーストウッドが撮る必然性もあったということで。
しかし戦勝国側の人であそこまで撮るかよとは素直に思ったデスよ。確かにそうじゃないというのはよく解るけど。

あと黒澤さんよりか本多さんのほうが適任と思われ(どちらも故人だけど)本多さんの淡々ぶりは娯楽に不向きと永らく言われていてだからこそあれほど淡々とゴジラという怪物が出てくる映画を撮れたとも言われているし。
Posted by tonbori at 2007年01月29日 23:17
>samurai-kyousukeサマ
勝手にリンクご容赦を。
ボクも同様でございます。しかしながらそうは来ないだろうとも薄々感づいていました。イーストウッドだもの。
>tonboriサマ
戦勝国側の人がアレだけバランスを取ってよく撮ったことだとも思います。が、〈 父親たちの星条旗 〉ではちゃんと、苦労して(犠牲を払って)擂鉢山に旗を立てたことを描いてますので、やはり国内に目配せはあったとも思ったり。
Posted by 森と海 at 2007年01月30日 23:17
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