2004年09月16日

**あの夏、いちばん静かな海**

北野武監督第3作です。 なんだろこれ、助監督を経て(監督としてのスキルを修練して)監督になった人には、絶対撮れそうにない映画です。  主演の2人(真木蔵人・大島弘子)が聾唖者だというのもありそうでないし。  これラブストーリーですよ。それなのに2人の会話は当然なし。かといって見詰め合う2人といったサブイボ立ちそうな絵もなし。  そればかりか、ただ歩いている人を遠景で延々と写したり、海を眺めている姿をこれまた延々と写したり、あ、書いてて気付きました、遠景で延々だ。しかも、ほとんどせりふ無し。あってもまるで外野といわんばかりに、レベルは小さめ。  企画、脚本、演出から編集まで監督ひとりで行っているため、定番の方法論はほとんど無視してます。  「じゃあ、あんまり面白そうじゃないんでは?」
anonatu ところが、なんだかイイの。いとしくてせつない。せりふ無くても伝わってくる。 この2人の演技力が特別素晴らしいというわけでもない。監督は、表情による感情の表現をあまり好まなかったのか、アップどころかバストショットも少ない。身体全部が写りきるショット(逆にいうと表情の細かい変化は判り辛い)で、2人の行動を通して、見る側に自分の経験上の感情の動きを思い出させる。  あくまでも、観客に”人物になりきって感情の追体験をする”ことを求めているのだ。  なんと、大胆な!  監督いわく「男女の会話なんて、前戯でしょ。そんなの恥ずかしくて撮れない。」(というような内容だったかな?)とのこと。ひょっとして、脚本の段階で思いやる2人のこじゃれたせりふが書けなかっただけなのかもしれないし、真木蔵人の軟派なしゃべりが我慢できなかったか、新人の大島弘子がどうしようも無かったのかもしれない。 いずれにせよ、コメント芸に秀でた氏のこと、公には前述のコメントがオフィシャルであり、ほんとのところは現場に居合わせたスタッフにしかわからない。  しかし、普通ならば足かせにしかならないこの設定が、奇跡的とも言える静かだが心の声の聞こえる映画を作り出している。  その後の作品では、そういう傾向はみられないから、偶然の産物なのかもしれない。北野監督もいわゆる定番の作法を身につけたようで、このような風変わりな映画は再現されることはないでしょう。  ちなみに、音楽は久石譲氏だが音楽が語る部分はごく少ない。唯一、語りまくるのがラストシーンなのだが、ここも賛否両論。  正直「あざとい」ともいえなくはないが、ここはひとつ心をゆだねて観ることにトライしてみるべきでしょう。  
posted by 森と海 at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie(邦)
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