2007年06月20日

**〈 男たちの大和 〉感動したYO(ウワノソラ)**

 ということで、今頃観ました。

 〈 硫黄島からの手紙 〉を既に観たボクにとっては、なんとも古い手を使っているなあと思わせてくれたりもした。 じわーっときて、危なくココロの汗を流しそうになったことはヒ・ミ・ツ。

 角川ハルキさんて人はその昔、南方ルート源日本人の旅を確認すべく、 イカダを使って黒潮に乗り南アジアから日本までの漂流をしてみたりした人である。21世紀に入ると、鹿児島沖に沈んでいるとだけされて、 位置の特定が出来ていなかった戦艦大和の捜索にも乗り出した。それがいわゆる「海の墓標」というやつである。結構な金も注ぎ込み、 海底調査船までチャーターして探した結果、その場所は特定された。これで、ガミダスの攻撃が現実のものとなったとしても、 人類の一縷の希望も建造することができる。

 冒頭でも触れたように、〈 男たちの大和 〉と〈 硫黄島からの手紙 〉は、構成からもよく似ている。 一つには双方とも最悪の結末を迎える点、そして、これを機に日本本土が本格的に戦火に包まれる点、そしてこれが一番大事なんだけども、 舞台が現在からその時を振り返りラストに再び現代に戻ってくるという点は全く変わらない。結局、今、太平洋戦争を日本視点で映画化するなら、 佐藤純彌が撮ろうとクリント・イーストウッドが撮ろうと、現代の価値観を基準にして最後には反戦・ 厭戦で締めくくらないと撮れないってことなのか?

 もちろんとる方法は全く違う。クリントさんは冷静にかつ体温低め、一方、純彌さんの方は、 感情を揺さぶりにかける手垢は付いているが興行を見込めるやり方。ボクなんざ、今までココロの汗など流すことは全く無かったが、大和沈没後、 主人公が親友の戦死をその母に告げに行ったところには、正直きつかった。危なく・・・するところだった。歳喰ったとはいえ、 こういうところでヘタ打った日には、ボクがボク的でなくなるというアイデンティティーの喪失を味わうところであった(何言ってんだか)。

 結局なにいってんのかよく分からないだろうが、ボクはあの戦争が本当にダメなものだったのか未だに分からないのである。 別にボクはRでもLでもないが、負けたからダメなのではないか、ひょっとして、 帝国陸軍が節操も無く拡張に走らずこじんまりとした防衛線を張って長期戦を構えていたら敗戦でなく停戦という結末を迎えていたのではないのかとか思ったりするのである。 もちろんそれはifの世界ではあるし、いいかどうかは別なのだが。

 現代の主流たる価値観を以って過去の戦争を描くというのは、その時点で制約でがんじがらめですよ。クリエイトする立場としては、 こんな面白くないことはないはず。いっそ現代の価値観からして、良いことも悪いことも、公平に冷静に描くことによって、 バランスを伴った反省ができるのではないかとかように思う梅雨の日でありました。

 かえって大法螺吹きのかわぐちかいじ「ジパング」のほうが面白かったりして・・・(笑。

posted by 森と海 at 23:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | Movie(邦)
この記事へのコメント
どっちにも中村獅童出てますしね〜笑。
今の若手の中ではあのテンションの高さは貴重かもしれません。
私は『男たちの大和』は未見です。反物質の女性と共に特攻をかける方のヤマトには号泣させられましたが…。
「制約でがんじがらめ」のはずなのにかなり無茶をした『ローレライ』はちょっとエラい…?笑。
Posted by cardhu at 2007年06月21日 22:13
獅童って嫌いなんですよね。
目にケンがあるのも役者としての資質といいほうに解釈してたら、実生活もヤンキーだったとは。演技でないジャン、ということで・・・。

〈 ローレライ 〉は、東京にコロニーの代わりに核を落としたがる福井の独りよがりシリーズなんで、基本的にアニオタ用です(爆。
Posted by 森と海 at 2007年06月24日 23:37
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