2004年10月12日

**ブレード・ランナー 男と女の物語**

 デンデデ・デンデデ・デンデデ・デンデデのヴァンゲリスの音楽とともに、「ヘリで2人は逃げたんだな」と思わせる空撮で、 物語は終わる。

「なんで酸性雨の降りしきる町なんかに住んでんの?自然いっぱいあるじゃん?」

 不自然なカットに戸惑い、首をかしげながら映画館から吐き出される人波は、町の中に消えてゆく。

 見てきたようにものを言っとりますが、もし初公開時が、ディレクターズカット版であったとしたら?

「何だ何だ?これで終わりか?」

 不自然なラストに戸惑い、・・・以下略。

 当時のワーナーの連中は、「これじゃ、客が分からん、納得せん。」と、上の空撮を無理につなげた。(あれは、 シャイニングの冒頭部分の没カット。有名ですね。)そりゃ、分からん筈ですよ。ガブが紙で折っていたユニコーンが鍵だなんて。

brrun  あのアパートの部屋を出た後の物語は、”アイデンティティーを失いかけた男”と、” アイデンティティーを失なった女”の逃避行。マトモに考えりゃクライ。とてつもなくクライ。しかも、 人なら50年もすれば朽ちるが、彼らはいつ停止するか分からない。明日かも知れないし、100年後かも知れない。唯一、 それを知る人間はすでにいない。

 ハッピーエンドをよしとするハリウッドでは、まだまだ承服し難かったに違いない。

 最初、男は、女がそれであることを知ってはいても、軽い気持ちで誘ったのかもしれない。自分もそれであるなんて疑いもなく。
 女は、<S>じいさんばかりに囲まれた生活に退屈していた、いや違う下世話だ、自分に疑いをもっていて、 真実を告げてくれそうな男を頼ったのかも知れない。
 男は、遊びのつもりが、あんまり具合が良いものだから、命を救ってもらったりするうちに、 段々と本気になる。多少は、同属のかほりを嗅ぎ取っていたのかもしれぬ。自分では気づかぬところで。

 あれ、これは惑うことなく恋愛映画だ。
 舞台を先の大戦のヨーロッパにして、”それ”をジューイッシュ”にしてもいいし、未来の遺伝子管理社会の”同じ遺伝子”にしてもいい。
 「ブレード・ランナー」は大都会で出会ったやさぐれた男と女の物語なのだ。

 でも、こう決め付けると、Vシネのようで萎え萎え。

 

 


 

 
posted by 森と海 at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie(米)
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