2005年04月21日

**少林寺三十六房**

 ン十年前に一回コッキリ、観た人に聞いてみよう。どんな映画でしたか?って

 「ああ、あれね。上腕二頭筋に剣をつけて水桶運ぶやつ!」

 そうだ、そのとおり。
 それを見たいが為に、もう一回見直した。

 やっぱりそうだ。
 少林寺での修行の部分だけは傑作だ。その前後の街場での逃げや決闘は今まで散々出てきたカンフー映画そのものだ。 観ていてそんなに血が沸かないもの。復讐とか敵討ちなんで王道ネタは、凡庸な古典と変わらない。

 ところが、三十五房での修行が始まったとたんに、ガゼン映画が変わってくる。最初の三十五房辺りは、 修行の過程を丹念に追っているが、その後どんどんスピードアップ。どの房でも最初はできないが、 カット変わると難なくこなしていて住寺が頷いているというスーパーマンネリズムではあるが、かえって期待を裏切らなくて気持ちいい。 この爽快感、スンバらしい!

 はっきりいって、少林寺での修行だけ、つまり少林寺の中だけにお話にしたほうが、これは面白いんじゃない?まあ、 それで当時映画として成り立つか成り立たないかは別として。
 しかし、これ以降、例えばジャッキー初期のカンフー物なんかで、最初弱い者が修行で強くなるというストーリーを繰り返している以上、 製作者側の方にも修行シーンは面白いという認識があったに違いない。事実、「酔拳」や「笑拳」の修行シーンは、 克己や復讐や正義というテーマを離れて、その修行自体が一つのサークルを形成し完結している。もう単純に心地いい。

 そういう意味で、エポックメイキングな作品だ。もっと冒険心があれば(すなわち修行シーンのみで完結するような大胆さがあれば)、 カルトとなった(もうなってんの?)のかもしれない。

syorin

 

 
posted by 森と海 at 21:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie(華)
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