2007年09月18日

**映画は世界を映す鏡・・・〈 トゥモロー・ワールド 〉**

 って、荻昌弘さんは言ってなかったっけ?

 うそ。今ボクが勝手に言いました。

 長回しばかりが話題先行したこの映画を見ました。長回しはなにが面倒って、リハが長くなってしまって、 当然段取りを取りこぼす出演者・スタッフが出てくる。やり直しになると、発破担当の効果班は一からやり直し。ぐずる出演者。 撮影現場は大混乱。撮影費用が膨らみまくり、プロデューサーはプランの変更を進言。というかクビちらつかせて恫喝。・・・ そんな混乱を押し切るだけの我が無いとやれません。・・・アルフォンソ・キュアロン、なかなかどうして強い監督です。

 

 それにしても、デストピアものです。デストピアものは舞台に金が掛かることは定説です。が、 ロンドンの町並みから子供を排除しただけ。時折動く広告をちょこっとだけ写りこませるだけで、近い未来を匂わせています。上手い、安い、 早い。吉牛のような戦略です。

 子供がいなくなった世界では、各都市は自暴自棄となって壊滅していったらしいことが、劇中示されます。子供のいなくなった原因は、 原因不明だから変に説明しなくてもいいのです(なんて上手い設定)。そんな中で、ロンドンだけが秩序を保ってます。 当然崩壊した地域からは難民が押し寄せてきます。ロンドン当局は武装した軍隊で警備して、徹底的に難民を弾圧しています。そんな中、 難民救済のお題目で結成された組織は、蜂起の日を待ちわびていました。主人公テオは、人類の希望たる女性をエスコートする大役を、 望む望まないに関係なく、仰せつかるのでした。

 一方の軸が人類の希望『妊娠した女性(途中で出産。テオ自身の手で取り上げて。)』で、もう片方の軸が政府とテロ組織の衝突。 この二つが密接に関わっているようで、実は全く関係無しという構造が見えてくると、空しくなってくる。 テロ組織は最初は女性を保護しているように見えるが、ただ単にプロパガンダに利用したいだけ。世論を味方につけたい一心で守る振り。

CHILDREN_OF_MEN-0

 

 感動的と言わしめた赤子の鳴き声で政府軍とテロ組織の戦闘が一時止まるというシーンも、 赤子が行ってしまえば元のドンパチが再開するのである。子供のいなくなった世界の唯一の希望がすぐ傍にいても、闘争こそが目的のテロ組織は、 戦うことでしかその存在意義を見出せないというのか?

 実は2つの事象、希望と闘争は互いに寄り添っているように見えて、その2つには越えられない壁がありましたとさ。こんな人類なら、 早晩自滅していくこと間違い無しなのだ。なんともやるせない、気の滅入る話だ。

 で、タイトルの『映画は世界を映す鏡』。闘争が手段から目的に成り代わっている様は、闘争の前に、『ミンゾク』やら『シュウキョウ』 やら『ナンミン』やら『てろトノタタカイ』などの語句を埋め込むと・・・、ね、世界でしょ。

 

posted by 森と海 at 23:22 | Comment(2) | TrackBack(0) | Movie(米)
この記事へのコメント
うちは『世界の断片』って言い方したけどかなり硬派だよね>キュアロン監督。
ポッターの人としか知らなかったので観て驚きましたよ。
でも劇場で観るべきだったなあとちょっと思ったっス。
Posted by tonbori at 2007年09月20日 00:47
ボクは〈 大いなる遺産 〉(デニーロやイーサンの奴)の人でした。その後がハリポだったんで、まったくのノーマーク。
配給は、ハンディ長廻しとかより、語り口を前面に宣伝したほうが幸せだったかもです。
Posted by 森と海 at 2007年09月20日 17:48
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